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2011年08月04日

人生にはハプニングがつきもの

ようこそ、銀河カフェへ・・・。
3月の大震災と福島原発事故以来の銀河カフェです。

311以来、すっかり世界は変わってしまった・・・。

そんな風に思っています。

ヒロシマ原爆20個分の放射性物質が拡散されたんですもの。
これまでの世界にはもう戻れません。

スウェーデンの生物学者でありマヤ暦研究家の
カール・ヨハン・コルマン博士は、
2011・3・9からスタートした最後のサイクル、
人類の意識進化の最終局面におけるテーマとして、

「抑圧されてきたものの噴出と統合」

を挙げています。

このサイクルで必要なことは、
いったん立ち止まり、われわれが存在する「今」について考えること

宇宙の計画によると、
我々の在り方が根本的に変化してしまう
とされています。

あらゆる場所にいる、
あらゆる人に、
このような形での変化が起こっているはずです。

私自身にも大きな変化がありました。

それは幸いにも試練という形ではなく、
幸福という形で訪れました。

魂と魂が会話する

そんな奇跡を体験しています。

このサイクルでの高い波動は、多くのものを手放すことを要求します。
執着心が強い魂ほど、困難を生きなければならない時期です。

今現在、地球で進行していることは、
「魂が他の魂を支配することのない、
愛と一体感に満ちた新世界の誕生へと導くプロセス」と
「権威秩序の崩壊」

私には身を持って理解している感があります。

我々は混沌とした世界から、
やがて開放された世界へと移行する

愛し合うということが今こそ必要なときです。

そんな時を、
まさに愛を感じながら日々を過ごすことのできる
奇跡に心から感謝します。

そして、より多くの魂たちが
宇宙の流れに身をゆだね、手放しを進めることで
本当に必要なものを手に入れることができるように
願います。

いま、もしあなたが絶望を感じているなら、
それは新しく訪れるであろう
幸せの道案内だと、私は自身を持って言います。

全ての魂が愛を選択するように、願うばかりです。







  

Posted by サヨコ at 22:00Comments(3)TrackBack(0)おもうこと

2011年03月20日

真実

2011・3・11
日本の歴史上、最大の災害が起こった・・・。
マグニチュード9という大地震に加えて、35メートル以上の大津波。
さらには、福島第一原発における放射性物質漏れ。

地震で建物が崩壊し、津波によって油が町中に流れ出た挙句の大火。
石油コンビナートは数日間ものあいだ、燃え続けた。

実況で放送される惨状は、本当にショッキングな映像だった・・・。

しかし福島原発のそれは、どんな映像をもしのぐほどのインパクトだった。

テレビでは一日中、刻々と変化する原発の状況を、
専門家とされる方たちの解説付きで、私たちに伝えていた。

でもある日を境に、あきらかに伝える内容にごまかしが入るようになった。

その日以来、本当のことをテレビは伝えていない。

なぜだろう???

最初は、「テレビ局にとっての電気事業は最大のお客様だからか・・・」
「本当のことを知ることによって、パニックになるからなのか・・・」
などと考えてもいたのだけれど、どうやら真実はそんなものじゃないらしい。

私たちは、自分で探さなければ真実を知ることができない。
誰が何を言っているのか。
背後にどのような、しがらみが存在しているのか。

地震や津波は、私たちにはどうすることもできない「天災」だけど、
原発事故は「人災」だ。

真実が伝えられない中で、「大丈夫」という言葉が安易に連呼されている。

原発については、発言者をよく吟味することが大事。
小出祐章さんのブログ、「脱原発の日」はおすすめデス。


  

Posted by サヨコ at 17:47Comments(0)TrackBack(0)おもうこと

2011年03月07日

冬眠

ようこそ、「銀河カフェ」へ。
冬ごもり・・・しておりました。

今までそこにあると信じていたもの・・・
愛とか絆とか。

ガラスが壊れるように、壊れました。

もしかしたら、始めからなかったのかも。

現実に、孤独であることを突きつけられると、
スピリチュアルな世界に助けを求める気力もなく、
ただ、自らの内に沈むことしかできませんでした。

誰とも会いたくなく、
話したくもなく、
一日の時間が通り過ぎるのを、眺めるだけの毎日でした。

今までの努力はなんだったのだろう?
実を結ぶことなく、疲れ果てた私だけが取り残されている。

とにかくずっと休むことしかできませんでした。


でも、最近やっと内側から気力を感じることができるようになってきました。
まだまだ充分とはいえないけれど。

シュタイナー先生の本を改めて開いたり、
タロットカードを使ったり。

人生における、価値観の逆転の時期である今。
生まれ変わるくらいの転換を苦しみのうちに体験しています。

この苦しみを忘れずに、スピリチュアルな世界を探求できたらいいな。
まどろみながら、そんな風にも思います。

枯れ木に芽吹く小さなみどりを大切にしつつ、
もう少しだけ、冬眠させてください。  

Posted by サヨコ at 17:16Comments(2)TrackBack(0)おもうこと

2010年09月05日

一日をていねいにすごす

ようこそ、「銀河カフェ」へ。

・・・このフレーズも、久しぶりです。
長らくこの場所から離れていました。

そのあいだも、数名の方が訪れてくださっていたようで・・・。
誰かとのつながりを感じられて、ほっこりした気持ちになれました。

「銀河カフェ」を訪ねてきてくれて、ありがとう。


2010年は、私にとって個人年2の年。
辛抱強く、成長のために必要な経験を重ねる一年。

本当に数秘術はよく当たりますね・・。
1月からずっと、まさに「試練」のくりかえしでした。

でも今、こうやってみなさんとの共有の場である
「銀河カフェ」にいられるのも、
ひとすじの光がかすかに感じられるほどになってきた証かもしれません。

「観念浄化ワーク」の鶴 こういちさんは言いました。

「絶望している状態というのは、次元の高いレベルにおいての
変化直前の緊張状態なんです。
まるでゴムがこれ以上ひっぱると切れてしまうというような、
ぎりぎりの緊張状態。
これが、この物質レベルでは絶望として感じられる。
・・・つまり、大きな変化の前ぶれなんです。」



絶望のあとは崩壊がおこりそうですが、
大変革が起こるということ。

ただし、その大変革が良い方向のものか
悪い方向のものかは、ココロ次第。

夢や希望を捨てずにいられるか・・・
ともいえるかもしれません。


最近みた夢で言われました。
「すぐには変化となって感じられないけれど、
夢というのは、それを追い求め続ける人にしか、
かなえることはできないんだよ。
大切なのは、夢を持ち続けるということなんだよ。」


私の夢ってなんだろう。

数日かけて、じっくり問いかけてみた。

家族と幸せに暮らすとか
夫婦円満でいられるとか
仕事がうまくいくとか
お金持ちになるとか。

改めて「私の夢」って考えると、
簡単に思い浮かべるのは
自分の外側にあるものばかり。

でも、じっくりと考え続けるとみえてきた。

私であるということに、幸せを感じられる私になること。
これが、小さい頃からの私の夢。

自分に不足を感じることなく、
かといって、がむしゃらに何かに打ち込むのでもなく、
目標達成した自分だとか、何の条件もなく。

怒っているときも
泣いてるときも
笑っているときも
がんばっているときも
休んでいるときも
ふてくされているときも。

私のどんな顔も、どんな状態でも、
私自身が、私に満足できていれば、きっとしあわせ。

そして、そんなわたしになれることが私の夢。

そのためには、きっととてつもない量の涙を流す必要があるのだろう。
絶望を感じることも、何回かは経験しなくては。
誰にも頼ることなく、しっかりとしていられる強さも身につけなくては。
それには、何度かの裏切りも経験しなきゃならないかも。

夢がいつの日か現実になったら、
そのときのわたしは、わけ隔てなく誰にでも微笑んで、
生きていることの奇跡に感謝でき、
あたりまえのやさしさを、
それを必要とする人に差し出せる私になっているだろう。

今生でかなえられえなくても、
来世ではかなえられるように。

いちにち、一日をていねいにすごす。
こころを施す。

今は、そのことに気をつけるだけで精一杯です。  

Posted by サヨコ at 15:03Comments(2)TrackBack(0)おもうこと

2010年01月27日

信じるということ、裏切るということ

ようこそ、[銀河カフェ」へ。
本日も、ご来店いただきましたことを感謝します。






人間不信。

・・・言葉にすると、なんとなく大げさになってしまうけれど。

とにかく、人を信じるということについては、
かなり長い間のワタシのテーマであり続けています。

ある人に言わせると、
「そもそも完璧な人間なんていないのだから、
信じるとか信じられないとか・・・。
相手に期待なんてするから、裏切られたなんて思うんだよ。」

・・・そんな考え方も、もちろん否定はしないのだけれど。

でも、ワタシにはうなずけない。

誰でも、それぞれにいくつかの立場があって、
仕事や家庭での役割を担っている。

ある「場」を、
複数の人で共有するとき。

お互いに無意識に信頼を抱いている。

もしも、生徒が教師に信頼を抱けなければ、
授業が成立することはむずかしい。

もしも、こどもが親を信頼していなければ、
その子の健全な成長は、きっとむずかしいものになるはず。

もしも、夫婦間で信頼しあっていなければ・・・。
もちろん、一緒にいるということの意味を失うはず。

そして、「ワタシはこの信頼を裏切りたくない」と心から思えるとき、
どんなに困難な局面でも力がわいてくるもの。

「この人からの信頼を失いたくない」
「この人を失望させたくない」

本当に大切なこと。


残念だけれど、こんな大切なことが軽んじられている。

お金に対しての信頼が失われつつあるくらいだもの・・・。

隠し事や不正表示、偽装、うそ・・・。


信頼を失うということも、
信じることができないということも、
きっと心身にダメージを与えるはず。


ワタシには、みんなが信頼と誠実を大切にしなければ、
この地球で生きるということが困難に思われます。

でも、相手に誠実さを求めるということは傲慢。

信頼しあえなければ、なにも成立することができないはずなのにな。

この世界は「思い」で成り立っているのにな・・・。












  

Posted by サヨコ at 19:48Comments(2)TrackBack(0)おもうこと

2010年01月04日

2010のはじまりの願い

a happy new year!
2010年が、あなたにとってハッピーな年になりますように・・・。



ようこそ、銀河カフェへ。



時間と空間が交差する空間です。
どうぞ、ごゆっくりとおくつろぎくださいませ・・・。


わたしたちの魂には、これまで過ごしてきた時間分のすべてのエッセンスが
まるで種の中の胚のように、存在しています。

自分に関係のないものは、知覚しないように配慮されています。

わたしが見るものとあなたが見るもの。
感じること、聞こえる音、触れるものの感触などなど。

すべてがひとりひとり、異なっているのです。

自分の中にある、わたしだけの感性をフルに活用して、
わたしの世界をつくりあげる・・・。

その世界からうまれる、
いろんなものたちが、周りの人たちをハッピーにしていく・・・。

あなたのハッピーが、私のハッピーになる・・・。

そうしてまた
私の世界が、私の感性が、
豊かになる。


・・・わたしの願いは、そんな風な人生をつくりあげること。


シュタイナー先生をはじめとする、霊学に出会うまでの私の願いは、
自分を満たすことだけにあったけれど。

スピリチュアルの学びによって、
すべてが溶け合っていることの学びによって、
本当のわたしの願いを、心の深い場所から拾い上げることができた。

あなたが幸せであれば、
世界は幸せ。そしてわたしも。

エーテル界で溶け合うわたしたちが、
未来を担っています。


自分とはなに?
私は今、しあわせ?
なにが本当にしたいことなんだろう?

あなたとわたしが溶け合う世界に、
夢の言葉でおしゃべりしよう。
導いてくれる存在たちに教えてもらいながら・・・。








  

Posted by サヨコ at 21:05Comments(2)TrackBack(0)スピリチュアル

2009年12月21日

許されることによる癒し

ようこそ、銀河カフェへ。


あなたは自らを自由にしていますか?
目標にむかって努力するのは大切だけれど、
自分自身を判断して、評価していませんか?

その判断と評価が、世界に対する不満になっているかも。

あなたは、あなたを思い出す必要があります。
・・・もしも、いま、自由を感じてないなら。

あなたが輝いて、自由で、幸せなら、
世界は美しく、地球は満ちて存在します。

自分を判断しないで・・・。
自らをゆるして、自由にして。

価値で計ろうとしないで。

自分をゆるすということ。
それは、大きな癒しをもたらします。

疲れているのなら、何もせずに深呼吸しよう。

外気をからだいっぱいに・・・。
内にある、どんよりとしたものを吐き出して。・・・。

悲しいときも、落ち込んでいるときも、
深呼吸をおもいだしてね。

あなたが、あなたを罰しているのだから。
その必要はないはず。
だれも必要ではなくて、
ただ、あなた自身であることだけが必要。

所有していなくても、
達成していなくても、
選ぶことができなくても、
変われなくても。

ただ、あなた自身であることだけが必要。

  

Posted by サヨコ at 19:06Comments(0)TrackBack(0)おもうこと

2009年12月02日

カクシゴト

ようこそ、「銀河カフェ」へ。
本日も、天空にご来店いただきありがとうございます。
どうぞ、ごゆっくりとお過ごしくださいませ。

連日のように、”政治献金疑惑”にまつわる
ニュースが流れています。
大金持ちの息子がお母さんからの援助・・・。
それが億単位!!

うらやましい話ですが、法に触れることです。
だって、日本の首相という立場にあるから。

でも、ご本人は「私の知る限りにおいては・・・」
という前提で、無しと主張していますよね。

カクシゴトがあるとき、
人の表情やしぐさ、行動は影響を受けてしまいます。

ウソを突き通そうとするとき、
顔の筋肉はこわばります。

バレないように演技しても、
やはり不自然さというものは伝わってしまうもの。

たいてい、鼻がふくらみます。

なんで、カクシゴトするんだろう?

隠す必要があるから・・・かな?

でも、隠し通して済むことなんて、
歴史的な事件などをみても、ないなって思う。

だって、それは連なっていくから。

カクシゴトをしてる人のそばにいると、落ち着きません。
思っていることと違うことを言う人と話してると、
悲しくなってきます。

そして、私自身がカクシゴトをしているとき。
思っていることと違うこと言うとき。

相手の人を悲しませてる。

その悲しみと引き換えても、
隠さなきゃいけないことって・・・。

隠さなきゃならないこと。
誰も悲しまない範囲であればいいのにな。

  

Posted by サヨコ at 18:32Comments(0)TrackBack(0)おもうこと

2009年11月27日

銀河カフェ

ようこそ、銀河カフェへ。

本日のおしゃべりは、「銀河カフェ」について・・・
名前の由来は、UAさんの曲からいただきました。

アルバム、「golden green」に収められている、
「paradise alley / ginga cafe」の世界が大好きで、
そのまま「銀河カフェ」と字を変えて使わせてもらっています。



・・・そんなときは、ここに来て。


本当は、この地球(ほし)が、音を立ててまわってる話をしよう。

宝物は、はじめから無かった。

銀河のカフェで、ヒッチハイクすればいいよ。

白い馬と三日月へ座りにいったら、涙が落ちた・・・



銀河は、天の川とも呼ばれ、
英語では、ミルキーウエイといいます。

日々の暮らしのなかで忘れがちだけれど、
私たちは地球という、星に住む住人です。

地球外から撮影した、地球の写真を見ると、
本当に、不思議な気持ちになってきます。

だって、外から見る地球はあまりにも美しくて・・・。

地球上で見聞きする争いが、
この美しい星で起こっている現実だなんて、悲しい。

地球の青さは、まるで謙虚さを備えた知恵を現しているようだし、
雲の白さは、清らかな純粋さを現しているように見える。

一瞬ごとに、存在している奇跡を感じることができたなら、
きっと、お互いにもっと許しあい、尊重し合えるのかも。


生活の手立てを考えることに夢中で、
人生や毎日の時間を、おろそかにしているのかも。

美しい地球に、今、この瞬間。
このブログに綴った言葉を介して、あなたと共有している時間。
そして、そこに広がる空間。

それが、「銀河カフェ」です。
だから、架空の存在なんです。

思い出したときに言葉でつながる。
そこが、「銀河カフェ」

私にとって、「銀河カフェ」は天空にある大切な空間。

誰とつながるのかわからないけれど、
読んでくれたあなたに、心から感謝しています。

そして、碧い奇跡を共有していることにも。







  

Posted by サヨコ at 16:37Comments(0)TrackBack(0)おもうこと

2009年11月25日

菜食であること

ようこそ、「銀河カフェ」へ。
本日も、どうぞおしゃべりにおつきあいください。

沖縄は、まだまだTシャツが活躍中!
肌寒い日があるとはいえ、ぽかぽかの本日のようなお天気には、
今年もあとわずか・・・なんてフレーズが陳腐に聞こえてきますよね。

とはいえ、油断していると風邪をひいてしまいますので、気は抜かずに。


私が食生活をビーガンに変えたのは、1997年の初夏でした。
以来、今年で12年間ものあいだ続いています。

最近になって、ビーガンであるリスクもあるのだと知りました。

まさか、菜食にも弊害があるなんて思いもしなかったのです。

けれど、シュタイナー先生は菜食による弊害があることを説きました。
つまりそれは、
「精神生活においての修行や精進なしにはするべきではない」というもの。

食事という行為そのものや、
地球に根を張って、宇宙の諸力が育てる植物を、
体に取り込むということの意味。
これらを、単に食事をするということにとどめるのなら、
菜食がかえって、その人にとって害をもたらすように働く。

この12年間、たしかに気づきを得ることも多かったけれど、
そのぶん、ツライ気分をもたくさん味わいました。

ただ、ツライということも、
乗り越えてしまえば、感謝の気持ちに変わるのですが・・・。

さらに、人付き合いもめっきり減りました。
うわべだけの関係が、キツく感じられるために、
おしゃべりを楽しむことができなくなる為です。

外食で完全ビーガンができる場所がないのも、理由のひとつ。

菜食であることが孤独を誘発するというのは、事実でしょう。
でも、自由というのはよりどころを失うということの裏返し。
シュタイナー先生は、アストラル界において、
完全によりどころを失うといいます。
そのときに、頼りになる唯一のものは、
普段の生活での徳行のみだそうです。

釈迦の説いた、「八正道」の実践が不可欠なのではないでしょうか?


「八正道」
正見・・・物事をとらわれないこころで、あるがままに正しく見る。
正思惟・・・自分のネガティブな部分を受け入れた上で、
      自己本位の振る舞いを否定する。
正語・・・言葉を慎む。ネガティブな言動をしない。
正業・・・殺生をしない。愛欲に由来する邪道な行いをしない。
正命・・・宇宙の真理に根ざした生活。物質主義とは真逆の、本来の在りかた。
正精進・・・正命を実践しようとする、努力。これにより、カルマを断ち切る
      ことができるとされる。

正念・・・からだから発せられる、あらゆる我欲に由来する日常的なものを、
     精神集中することで把握し、生活のなかで克服していく。
正定・・・心身一致して、正しい知恵を得て、人間完成に至る。



まだまだ、人間的に煩悩まみれの私。
精進あるのみです。  

Posted by サヨコ at 16:26Comments(0)TrackBack(0)スピリチュアル

2009年11月20日

現象としての自分

ようこそ、「銀河カフェ」へ。
本日も、銀河でのおしゃべりがはじまります・・・。

私ってなんだろう?
・・つまり、どう定義をつけることができるんだろう?

私らしいとか、私ならこうするとかはあっても、
私を定義することなんて、できそうもないのはなぜだろう?

思いは変化していき、
好みも変化していき、
体型や表情やしぐさ、使うことばさえ変化していく。

・・・なのに、いつもずっと続いている私・・・。

生まれてから今までの意識だけが連続している。
つまり、意識が私なのかしら?

でも、寝ているときはどう?
睡眠のリズムは繰り返し、夢を見ていない間は意識は働いてはいないはず。
でも、横たわっている肉体はまぎれもない私だ・・・。

じゃあ、魂が私なのかしら?
そうなら、前世の人生の主も私ってことになっちゃう。

男かもしれないのに、私ってのはおかしい。

きっと変化していく私の、現象のよりどころが私なのだと思う。
だから、きのう嫌いなものが
今日は好きになるってことも、別にどうということではないのかも。

ときに、私らしくない振る舞いをしたとしても、
その日の私なら、きっとその振る舞いでいいんだろう。

私が現象なら、なんか自由を感じてうれしくなる。
こうしなきゃならないとか、何もないってこと。

もちろん、法を守るとかマナーよくするとかは当たり前で。

感情のままで行動していいってことじゃなくて、
どんな行動も私に他ならないってこと。

そうなら、現象なら、
ある程度は自分を形づくっていけそうだ。
怒りではなく喜びを選んでいけばいいんだから。

見るもの、聞くもの、考えること。
一日の行動を能動的に選べばいいんだ。

まず、自分について知ることから。


つらりつらりと・・・。
そんな、秋を感じるときのなかで思いました。  

Posted by サヨコ at 15:36Comments(4)TrackBack(0)おもうこと

2009年11月18日

最後の晩餐

ようこそ、「銀河カフェ」へ。
今夜のような肌寒いときには、あたたかい飲み物などをすすりつつ、
星たちの光を眺めるのも、気持ちよいのですが・・・。
地上からはあいにく星たちは見えないようですね~。
雲が空を満たしているような今宵、
おしゃべりにおつきあいくださって、ありがとうございます。


15世紀の天才、「レオナルド・ダ・ヴィンチ」
絵画はもちろん、彫刻や科学技術など、多岐にわたって才能を発揮した方です。

彼は、「絵画を志すものは、人体について熟知していなければならない」として、
自ら、30体ほどの人体解剖を行い、研究を重ねたことでも有名です。

その研究により、表情やからだの使い方と感情の関係や、
性格と顔のつくり(人相)の関係なども理解していき、
絵画においての人物の表情などに生かしたそうです。

「最後の晩餐」には、彼の研究による人物の表情やポーズによる効果で、
見ている人が、まるで目撃者となったかのような感覚になるそうです。

裏切りの行為をする、ユダ。
彼はお金の入った袋をぎゅっとにぎりしめながらも、
すべてを知っているイエスの言葉に、顔を硬くして体を後方にずらしています。
その姿は、今にもこの場から逃げたいと思っているかのようです。

心で思っていることと、言葉にしていることが違っていたり、、
感情を悟られまいと、表情をつくっているとき、
それでもやはり、わかってしまうものです。

なんともいえない「違和感」というものは、
誰にでも感じられるもののようです。

「最後の晩餐」のイエスとユダを交互にじっとみてみると、
臨場感がわいてきて、私の中のさまざまな感情が波打ちます。

レオナルド・ダ・ヴィンチは、
絵画によって、眺めるものたちすべての感情に伝わるものを込めたのです。

私はそれは、彼の意図ではなくて、
魂だと感じています。

「最後の晩餐」の登場人物は、じつは一人ひとりの多面性なのかもしれません。


  

Posted by サヨコ at 19:51Comments(0)TrackBack(0)

2009年11月13日

やるべき時は、定められている。

ようこそ銀河カフェへ。
本日も、ゆる~いかんじで営業しております。
午後からの雨。
雨雲のはるか彼方の銀河でのおしゃべりです。

スピリチュアルの世界では、
35歳というのはターニングポイントとされているのですが、
まわりの方たちや自身の体験からも、
本当に不思議なくらいに35歳を境に、精神や肉体に変化が訪れるものです。

よく聞く、「30歳を過ぎると、だんだんやせにくくなる」
というものなどは、肉体の硬質化がはじまるからです。
確実に肉体には、20代までとの違いを感じます。

もちろんそれは、美容上の変化も含まれるわけで・・・。
まだまだ感覚的には、「若い!」と思いたい35歳以上の方々には、
悩みが増え続ける、ツライ時代の幕開けとも言えそうです。

けれども、「なるようになるさ!」と
半ばあきらめて、内面をみがくことに意識を向けるなら、
より魂の成長の速度は速まり、確実にラクになっていくはずです。

シュタイナーは、52歳を超えなければ本当の自分を表現できないと言います。

言い換えれば、それまでの時間をかけて経験を積んでいるんですね。
だから、考え方や生き方・価値観などはずいぶんと変わっていくものです。
失敗やつまずきも必要なんですよね。

傷ついたり、傷つけあったり。
52歳をすぎて、それまでの時間分のすべての成果を手にするそうです。

大事なことに目を向けていないと、
50歳を超えてからの時間を、
後悔と寂しさをまぎらわすだけの毎日になるかもしれません。

だから、今、ツライことを味わうということ。
じっと耐えるということ。
先延ばしをせずに、今、取り組んでいこう。

それらの種が実を結ぶとき、きっとあなたの笑顔は輝くものになるはず。
そして、その笑顔が誰かの心をあたたかくするはず。

本質は見えない世界にあり、
鏡像であるこの世界では、真理は水面に映る月のようなもの。

止まない雨はない。
太陽は雨雲の向こうに、いつでも存在しています。


  

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2009年08月06日

ヴェーダーンタ

ようこそ、銀河カフェへ。
台風、だいぶ沖縄本島から遠い進路のようですね。
天気予報では大雨だと言っていたけれど、そうでもないカンジです。
でも、離島には近づいているようなので、
農作物などの被害が心配です。

「ヴェーダーンタ」古代インドの叡智です。
その教えの重要なもののひとつが、「存在の一体性」です。

「自分の中にすべての存在をみて、すべての存在に自分自身をみる者は、
だれをも憎むことがない。恐れは二から生じる。
自己とは宇宙の本質であり、あらゆる魂の本質である。
人間は宇宙とひとつなのだ。
自分は他者とは違うと認識したとたんに、人は不幸になる。
自分は宇宙と一体だと知っている人に幸福がある。」


さまざまな叡智に触れ、霊的な生活の実践に努めているつもりでいても、
やっぱり怒りに関しては、本当に難しいと痛感する毎日です。

「自分とは違う他人を前にしたとき、そこにこそ私がいるんだ。」

その場でそういう風に思えるようになるまで、あとどのくらいの時間がかかるんだろう?

いまの私はまだまだ。

こころのまま、それが愛になれる日は来るのかしらん??

私に関わるすべての人の中にこそ、わたしがいる。

あの人の嫌いなとこは、まぎれもなく私自身のちがう形なんだ。

・・・なのに、なんで怒っちゃうんだろう?

もう、泣きたくなります。

変えなきゃいけないのは、私自身なんだ。




  

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2009年07月30日

自分に向き合う

ようこそ、銀河カフェへ。
夏の太陽がギラギラと注ぐなか、植物たちもバテ気味のこの頃です。
朝、涼しいうちにお水をあげないと午後にはすっかりへとへとになってしまいます。
人間だってなおのこと・・・ですよね。
十分な水分補給と、カラダのほてりをうまく逃がしてあげながら、
残りの夏の日々をお過ごしください。


今までの人生の1年ごとのおもいでを、なるべく詳しく思い出していく・・・。
もちろん、そのときに抱いた感情や判断、思考内容も含めて。

いわば、再体験してみる。

これって、けっこう大変なんです。
・・・でも、新しい自分になれる有力な手段でもあるんですよ。

だって普段の私たちは、
1日のうちに、これまでの経験からの反応を繰り返しているだけのことが
びっくりするくらい多いものだから。

考えずに行動している。
考えずに判断している。
そして、考えずに選んでいます。

その結果、同じような過ちをしてしまう・・・。

そのときになって、「なぜこうなってしまったのだろう???」
と考えてみても、なかなか腑に落ちるような答えは見つからないものです。

だって、考えなかったことが原因なのですもの。

選択する場面でも、今までの経験からの感情に左右されたまま、
選んでいることが多いものです。
その結果、ミス判断が多くなる・・・。

そんな経験からの反応に気づいて、なるべく判断のもとに行動していく為には、
今までの自分を再体験して、評価しなおしていくということが、
とても大事なことなんです。

ポイントが2つあります。
そのときの相手や自分を取り巻いていた人たちの立場にもなってみる。
自分を客観視して、新しい視点をなるべく多くもつようにする。

そうすることで、いままでの経験からのしがらみから解放されやすくなるし、
経験値が数段高くなるんです。

そのことの繰り返し・・・できれば、1年毎をくわしく・・・
時間はかかるけれど、効果テキメン!ですよ。

私は今、向き合っています。
思い出すのは、怒りや苦しみをともなった経験ばかり。
再体験は相当コタエます。
ましてや、相手の立場になってみるなんて・・・。

でもこのことでわかるのは、
「立場が替われば見方も変わる」という真理。

今までは一方的に相手を非難してたのに、
相手の立場に立って考えて自分を再体験してみると、
感謝の気持ちが生まれてくるんですよね・・・フシギです。

絶対的な悪や
絶対的な善はなくて、
みんな一生懸命なんだな・・・。
しみじみ思います。

でも、キツイ作業です。

できれば今までのことは見ないでおきたい。
・・・とほほ。
ホントのところは、
服を着替えるように、
メークを変えるように、
自分を変えられたらいいのにな。
なんて思うけれど。



でも1年後、今までのしがらみからほんの少しでも解放された自分になれるように。
軽やかな心で、新しい経験ができるように。

今日も、向き合います。





  

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2009年05月24日

激安!!!

天空の架空カフェへ、ようこそ。
「銀河カフェ」にお立ち寄りくださって、ありがとうございます。


「激安!!」
って、どうなんでしょう・・・。
経営努力によるコストダウンの結果・・・ってことなんでしょうけども・・・。

そのコストダウンを影で支えている誰かが、苦しんでいるとするなら・・・。
その安い商品を購入する、
わたしたち「消費者」は、何も知る必要なんてないのかな・・・。

映画「おいしいコーヒーの真実」と、
これから沖縄で上映予定の「女工哀歌」。

どちらも安い価格を支える労働者の物語です。

価格の内訳は大きく分けると、
その製品(食品も含む)をつくるのに直接必要な、
「原材料にかかるコスト」と、
製品を生産・販売していくために必要な、
「間接的なコスト」があり、
さらに、利益を上乗せしたものが最終的に消費者が支払う値段・・・となるのですが、

極端な話し
「利益ゼロでお客様に還元!!」
というのもアリなんでしょうけど。

そんなことしたら、つぶれてしまいます。

だから企業努力って、
「より安い材料をつかう」って方向にいくことが多いんです。

もしも、スーパーのお漬物コーナーで
昔ながらの漬物をつくっているメーカーさんの、妥当な価格のお漬物と、
コストダウンを実現する為に、食品添加物を使用して作った安いお漬物が
並んでいるとしたら、売上はどれくらい違うでしょうか?

多くの消費者が、食品表示ラベルさえ確認していないということを考えても、
良心的なメーカーさんが、悲鳴をあげている現状が
すぐには変わりそうにないですね・・・。

一方で、有名メーカーや一流メーカーが、
粗悪な材料で生産したにもかかわらず、高い価格で販売するという珍事が、
ニュースになったり。

このように考えてみても、
びっくりするような値段を支えている人たちの生活っていうのは、
想像を絶する状況に違いありません。

海外メーカーの作る安い製品・・・。
実現できていることの不思議さを、消費者側のわたしたちが知ることは
必要なことかもしれません。










  

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2009年05月18日

人生における7年ごとの発展

ようこそ、「銀河カフェ」へ。
今日から沖縄は梅雨入りしたそうですね。
じめじめとした季節を少しでも快適にできれば、
雨音が心地よく感じるかもしれません。



本日は、敬愛するシュタイナーの考察する、人生における7年ごとの発展を紹介します。

誕生から7歳まで・・・自分を世界に開き、周囲の世界を反映して生きています。
             この時期、幼児は周囲にあるものすべてを模倣します。そして、この模倣は
             内臓器官に形態をあたえる働きをします。

7歳から14歳まで・・・世界のいろんなものごとに興味を抱く時期です。そしてだんだんと個人的性格
             を持つようになります。両親の模倣から未知のものの模倣へと移りいきます。
             7歳をすぎると、前生から持ち込んできたものが、だんだんと表に出はじめます。

14歳から21歳まで・・・自立に向かい、判断力を形成していきます。
              この時期、性的に成熟することで自由なアストラル体を持って
              世界に向き合います。そのとき、判断・批判・概念が形成されるのです。
              個人への愛が次第に目覚め、周囲への個人的関係が現れていきます。

21歳から28歳まで・・・希望に満ちて、はつらつとした時期である一方で、
              他人が自分をどう評価しているかが気になります。
              人間は23歳になって初めて、自我を持つことができ、
              「自由な個人」として世界に立ち向かいます。
              

28歳から35歳まで・・・自己を吟味する時期です。35歳頃は人生の半ばにあたります。
              この年齢は、あらゆる時期のうちで非常に重要な時といえます。
              このときまでは周囲から、そして周囲について学ぶ必要がありました。
              このころからは、周囲に対して作用する力を得るのです。
              このときに判断力が確立します。
              35歳までのあらゆる成果を、実行に移すことができるのです。
              経験が知恵になりはじめます。
              肉体においては、脂肪が体積しはじめます。筋肉が硬さを増します。

35歳から42歳まで・・・現実的になると同時に、他者に対して批判的になり、
              自分の本当の価値を探求していく時期。
              この頃には、青年期の期待や憧れを持つことはありません。
              その代わりに、自分自身の判断を有しています。
              記憶力が衰え始めます。

42歳から49歳まで・・・自分の人生の本当のテーマを考える時期です。
              
49歳から56歳まで・・・そのテーマを実現する方法を探る時期。

56歳から63歳まで・・・そのテーマを実行する時期です。

それ以降は、それぞれの時期の課題から解放されて、自由に生きる時期になります。
人生の後半において、自分の内面に形成されるものが、未来におけるカラダを形作ります。
精神世界においては、年をとらなくては理解することができない領域がそれぞれあります。
なによりもまず、42歳を超えている必要があります。
厳密にいえば、60歳になっていなくてはなりません。
以上のことから、人間が「老いる」「若い」ということに深い意味があるのがわかります。



数秘術の世界でも、数の影響が出始めるのは35歳からといいます。
若いうちには華やかで楽しげな雰囲気があり、中年以降はさびしい・・・・
そんな風潮がみられますが、生まれてきた本当の目的に取り組めるのは42歳以降から。
どの時期も課題や意味があり、すべての時間が永遠なんですね。
次の転生での肉体形成の準備は、今生での中年期以降から始まるということなどを考えると、
本当に、宇宙や人間に関する秘密の奥深さに驚嘆するばかりです。  

Posted by サヨコ at 19:17Comments(2)TrackBack(0)スピリチュアル

2009年05月13日

怒りと悲しみ

「銀河カフェ」へようこそ。
お立ち寄りくださって、ありがとうございます。

本日は、じめっとした生温かい日中でした。
そういえば、もうしばらくすると梅雨の時期に入りますね。
うっとうしい時期が通り過ぎると、暑い夏がやってきます。

「怒り」を手放すのは簡単ではないですね・・・。
本日7日目にして、やっと解放できました。

先週の5月7日からはじまって、その「怒り」の輪郭がみえてきたのが11日。
12日に解放の糸口をつかんで、今日手放すことができました。

手放してしまえば、跡形もなく消えてしまうもので
「あれ?何で怒ってたんだっけ?!」
っていうくらいの”けろりん”としたものですが、
怒りの炎が燃え盛っている間は、何をみても怒りにつながるという状態でした。

怒りの原因は「私にとって理不尽な怒りを、相手に向けられた」ことによる
「当然の反論としての怒り!」でした。

でも、幼い頃から「この手の理不尽な要求や怒り」を
ずいぶん向けられてきたことに今回気づくことができたのが、わたしにとって
大きな収穫でした。

「わたしにとっての理不尽」ではあっても、相手にとっては「正当な理由」であること。
お互いがゆずりあわないんですから、当然ぶつかりますよね。
「相手の気持ちや立場になって考えてみる」
一歩下がれば簡単に気がつくことでも、
「怒りに燃えている」状態ではなかなか相手の立場になって考えることができないものです。

その状態は何より自分自身を苦しいものにします。
怒りとともにすごした日々、肩や背中が痛くなり便秘になってしまいました。

・・・そして分かったことがもうひとつ。

それは怒りの前に、悲しみを感じていたということ。
「そんな風にあなたが怒っていることが、私はすごく悲しい」

怒りの炎が燃え尽きた後、小さくて弱弱しい私の悲しみをひろうことができました。
それはまるで、ひどく叱られているときの子供の悲しみのようなもの。

大好きなお母さんに怒鳴られていることが悲しいし、
怒らせてしまった自分が悲しいし、
なにより世界が灰色のようになっているのが悲しい。

でも思春期に入る頃には、

・・・なんで?
なんでここまで怒鳴られなきゃいけないの?!
私にだって、言い分がある!
クチゴタエのひとことで、わたしのこと切り捨てるなんてひどい!

とまあ、弱弱しい悲しみは反抗する怒りと変身していくわけですけど・・・。

つまり、このことに気づかない限り
わたしの怒りのパターンは繰り返されるのだということ。

私が感じる怒りは、本当は悲しみだったのだということ。
その悲しみを感じたくないから、怒ったのだということ。

幼い頃からのパターンだったんです。

気づくことは光が照らすこと。
光は癒し。
そのとき、怒りは手放すことができる。
相手が悪いことなんてひとつもないんだな・・・。







  

Posted by サヨコ at 17:40Comments(2)TrackBack(0)スピリチュアル

2009年04月26日

気づきのとき

ようこそ、「銀河カフェ」へ。

だいぶ長い時間、開店休業の状態でした・・・すみません。

1月から今月、そして来月にいたるまでのあいだは、
「促しのながれ」の影響をうける方がツライと感じることの多い時期となりそうです。

まだ手放せていないネガティブな感情や
与えることのできていない、ゆるし。
本来のありかたに戻ろうとする人間関係の変化など。
過去の心の傷がまた痛み出したり。
信頼がゆらいだり。

でも、それらは祝福すべきチャンス。
成長を促されているんです。

「すべては宇宙からのおくりもの。
私には、今の私にとっての最善のものがおくられているんだ。」

このことを、どうぞ心に留めておいてください。

今、ネガティブなものをより多く手放すことは
とても大切なことなんです。

シュタイナー先生は言います。
「私たちは今の人生において、次の人生におけるいわば材料をつくっているのです。
今、誰かに嫌なことをされているなら
それは以前に嫌なことをあなたが誰かにしたからなのです。」

このことを生活の場で実践していくのは、ツライことです。
たえず、ゆるすことやすべての原因を自分の中に求めていくこと。
そしてなにより、なにかのせいにできないことがきつく思えたりします。

でも、なんとか乗り越えてみたなら、
必ず成長した自分の目で、出来事をとらえ直すことができて
そこには心からの感謝の想いで満たされている自分を感じることができるんです。
しあわせを感じることができるんです。

「すべての出来事は今のわたしに必然なこと」
銀河カフェからみんなとシェアしたい言葉です。

私自身のことでいえば、
手放すように促されているのは「怒り」です。

「怒り」は暴力。
不必要なもの。

もちろんこれは、「今の私」にとっての課題であり
すべての人にとっての「怒り」ではありません。
(魂の成長の過程では、「怒り」に取り組む時期もあるんですから・・・。)

まだまだ、「怒り」を手放せずにいる私は
ここ最近の「促しの流れ」を受けて、キツイと感じることが多いです。

いっしょに乗り越えましょ!




  

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2008年11月23日

スパイスでつくる、本格カリーの料理教室

ようこそ、銀河カフェへ。
本日も、どうぞごゆっくりしてくださいませ。

銀河カフェの料理教室「パスタコース」
おかげさまで生徒さんも増え、少しずつビーガン料理を楽しんでくれる人の輪が広がっています。
そしてうれしいことに、来年2月から新しく「カリーコース」を開設することになりました。

これからもパスタを入り口にして、
ハーブやスパイスをふんだんに使った野菜料理をお伝えしていきます。

生徒さんのほとんどは、普段はお肉やお魚なども楽しまれている方ばかりです。
ただ、普段の食事にもっとお野菜を増やしたいと考えて、参加されています。

全10回のパスタコースを終了されて、新たにカリーコースも始めたいという方が多く、
本当にうれしく思っています。
ありがとうございます。

もしも、この銀河カフェにいらしてくれている方で、
料理教室に興味がある方は、ぜひぜひご参加くださいね。
アレルギーをお持ちの方で、普段のお料理のレパートリーを増やしたいという方にもオススメです。
心からお待ちしています。

連絡先は「サロンカッソー」 098-929-3669 まで。

野菜をたくさん食べて、宇宙とのつながりを感じてくださいね。

  

Posted by サヨコ at 15:54Comments(0)TrackBack(0)料理